被災者支援・復興」カテゴリーアーカイブ

ふなやま由美の政策・・復興公営住宅の増設・被災者の生活再建支援を!

仙台市の復興公営住宅は入居希望者が3900世帯あるのに、3200戸しか建設されていません。そのために入居できず、住いの再建方針が決まっていない被災者が670世帯も残されています。それなのに、仙台市は住まいの再建方針が決まらない世帯は来年の5月以降、仮設住宅を追い出そうとしています。次の住まいが決まるまで、みなし仮設(民間賃貸住宅)など入居期間を延長すること、住いの確保への援助をおこなうこと。復興公営住宅の追加整備、家賃の軽減をおこなっていきます。

住まいの再建支援を

住まいの再建支援を

 

市民のみなさまから寄せられる切実な思い

事務所に次々と届く激励の手紙やはがき(なかには七夕飾りも・・)に、胸がいっぱいです。4年まえの夏、必死に地域を歩き、夢中で震災支援に取り組んだことを思い出します。日本共産党の議員事務所が救援センターとなって、支援を行ったのです。

ある方の手紙には、こう綴られています。「4年前、夫婦二人で11万円の年金しかなく、病院にも行けず、被災したアパートで途方にくれ、もう死ぬしかないと落胆していた時、次々と支援の手を差し伸べてくれました。困っている人に対して、自分のことのように親身に寄り添ってくれたことが忘れられません。今は復興公営住宅に入居でき、夢のよう。涙が止まりません」と。

中田事務所では、届けられた和紙や折り紙の飾りを、スタッフのみなさんが綺麗に飾りつけてくれました。戦争法案は廃案に、平和を守りたい・・安心して暮らせる仙台に・・こうした市民の皆様の切実な願いを実現するために、仙台市議選挙で何としても勝利するため、がんばります!

次々と事務所に届く手紙

次々と事務所に届く手紙

2015/ 7/20 17:00

被災した方々への支援はこれからが正念場

復興公営住宅を82軒訪問、1軒、1軒ご要望をお聞きしました。「 80代の母親が復興住宅に入居しほっとしたのも束の間、脳梗塞で倒れた。今も入院中。長い仮設暮らしでストレスがたまったかも・・」と60代の息子さん。

腰を曲げて、玄関先までやっと歩いて、ドアを開けてくれた高齢の女性の方もいました。「今は医療免除の対象で助かっているが、打ち切られたら、もう病院には行けなくなる」と話されていました。被災者支援はこれからが正念場です。

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今日は市民防災の日・・柳生小学校での夜間防災訓練に参加

6月12日は「市民防災の日」です。仙台市総合防災訓練が開催され、太白区では柳生小学校が拠点となりました。18時、マグニチュード7.5直下型地震発生(長町利府断層が震源地)の設定です。まず、地域「いっとき避難場所」に集まり、町内会ごとに安否確認、

救助訓練、濃煙訓練、消火訓練を実施。その後、体育館に移動し、避難所訓練です。 太陽光発電システムにより、2か所天井照明をつけ、2か所投光器に接続。名簿確認など十分な明るさを確保できました。災害公衆電話も設置。

東日本大震災が発生した夜に柳生小学校に駆けつけたことを思い出しました。(当時は非常用発電機も投光器もなく、真っ暗な中、混乱も・・)市は大震災を教訓に、避難所となるすべての小学校に太陽光発電システムの設置をすすめています。災害はいつ、またやってくるか、わからない。夜間訓練はとても大事と、あらためて感じています。

2015/ 6/12 防災訓練

2015/ 6/12 防災訓練

2015/ 6/12 18:50

2015/ 6/12 18:55

あすと長町復興公営住宅でコンサートと交流会がひらかれました

午前中は中田地域の社会を明るくする運動、児童福祉協議会の総会に出て、午後はあすと長町復興公営住宅のコンサートと交流会に参加しました。入居して初めての顔合わせ会・・みなさん、緊張した面持ちで参加していましたが、コンサートが終わり、テーブル毎の交流会ではすっかり打ち解けた雰囲気に。支援された区役所のみなさんや地域の町内会、社会福祉協議会のみなさん、お疲れさまでした。

震災後、避難所やみなし仮設住宅入居を支援したSさんに出会えました!なかなかお会いできずにいて気になっていたのですが、ひさしぶりにお会いできました。震災直後を思いだされたのか、Sさん、みるみる泣き顔に・・。再会を喜び合いました! よかった~!

あすと長町復興公営住宅

あすと長町復興公営住宅

復興公営住宅入居後の支援に関する要望交渉しました

多くの復興公営住宅で、入居がはじまっています。私はこの間、あすと長町復興公営住宅を訪問し、入居した方々のご要望を伺い、緊急に改善すべき点も多く寄せられています

6月5日には日本共産党仙台市議団として、奥山仙台市長に要望書を提出しました。要望では、コミュニティ構築や安心して住み続けられる住宅となるよう環境改善もあわせ、市が責任を果たすよう求めています。要望内容は以下の点です。

○復興公営住宅入居者への福祉的支援を強め、市の責任で見守りなどの支援を行うこと。

○集会所をすみやかに開放し、仮設住宅で配置したような支援員を常駐させること

○自治会運営をサポートする各区まちづくり推進課の体制強化をはかること

○入居者が生活しやすい住居となるよう、環境整備の要望にこたえること

・各住戸の玄関前にポストや新聞受けの設置,・高層階の復興住宅の共有通路が柵のみで危険。風も吹き付けドアが開かないときがある。ボード等を設置するなど緊急に改善すること。・市が責任をもって駐車場を確保すること.・収納スペースが圧倒的に足りない住宅がある。物置を設置するなど対策を講じること

○市が入居者の実態や要望を把握し、改善につなげること

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2015/ 5/27 11:53

 

 

被災した方々が最後のお一人まで住まいの再建を果たせてこそ、復興です!

あすと仮設住宅集会所を訪ねました。ちょうど「おしるこカフェ」が開かれていました。主宰しているのは、コミュニティアート・ふなばし理事長の下山さん。毎月、千葉県からやってきて、皆さんと一緒になって楽しめる「カフェ」を続けてこられました。

今、あすと仮設住宅の皆さんは、復興公営住宅にコミュニティ入居が決まり、順次、3か所の住宅へ、お引越ししています。飯塚会長さんが先頭になって、復興公営住宅に入居した新たな仲間も交えてのイベント参加です。「コミュニティはひとつ」の思いを、実践していて、すごいな~と思います。

集会所に顔を出したあとは、復興公営住宅の抽選にはずれ、不安でたまらないという方の相談に。何をしていても落ち着かないと涙ぐむYさん。「伴走型支援」と言いながら、追加の住宅整備は行わず、不動産情報をおくりつける市政に怒りの声が寄せられています。被災した方が、最後の一人まで、住まいの再建が果たせてこそ「復興」です。なんとしても!!

・・そういえば、今日は母の日。カーネーションを買っておくります。

2015/ 5/ 9 19:04

2015/ 5/10 16:09

2015/ 5/10 16:09

 

閖上の復興を考える

今日は4月11日、東日本大震災の月命日です。「閖上復興だより」の編集長をされている格井直光さんをお招きしての学習会に参加。企画したのは柳生・西中田地区教育を語る会です。格井さんは、津波震災を風化させてはならないと語り部の活動もされています。震災直後からこれまでの体験、住民みずから閖上復興だよりを発行しつづけた思い、閖上の復興がなぜ、ここまで遅れたのか、これからの閖上復興への思いなど、語っていただきました。

行政が計画した当初案は、住民の皆さんの思いを十分に集めたものではありませんでした。住民の多くに市の復興計画の検討内容さえ十分知らされません。市が出した区画整理事業による現地再建案に対して、格井さんたち復興だよりが自主アンケートを実施。913名から回答を得た結果、76.1%は市の計画には反対。その後、計画見直しを求めて提案を行っていきました。

「遠回りでも、最初から住民の意見を十分に聞き、丁寧にすすめるプロセスこそ本当に大事だった。閖上にはそこが不足していた」と話す格井さん。

「もう一度、心をひとつに」・・復興だよりのサブタイトルです。移転派、現地再建派と住民の中に対立をつくり、人間関係さえ、ぎくしゃくしてしまった復興のあり方。翻弄され苦しむ住民。そのような中で、閖上のコミュニティを取り戻したいという強い思いを感じました。

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