「私の思い」カテゴリーアーカイブ
あきうの風・・秋保民族芸能大会が盛大に開催されました
あきうの風。素晴らしい伝統と舞台公演に胸が熱くなりました。秋保地域には、古くから伝えられている民族芸能があります。秋保田植え踊りは、長袋田植え踊、馬場田植え踊、湯元田植え踊の3団体で継承されていますが、国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
今日は3団体の田植え踊とともに、滝原の顕拝、秋保神社神楽、馬場愛宕神社神楽の3団体のあわせて6団体が芸能を披露。見事な内容でした。人口減少や少子高齢化の中、継承できず、消えてしまう伝統芸能もあります。
私は市議会で無形文化遺産の継承に市が力を注ぐことを求めてきましたが、無形文化財継承のための助成金が増額され、今日、お会いした方々から「本当に良かった」とのお言葉もかけていただきました。
歴史と文化が薫るまちに・・外から持ち込むのでなく、人々の生活の中に根づき、長く引き継がれてきたものを、大事にしていきたい。
行列のできる生活相談所?
2016年の幕開けです
新年あけまして、おめでとうございます。2016年の新たな幕が開けました。平和と憲法、民主主義をしっかりと守り、躍進めざして、今年も全力でがんばります。
元日の今日は恒例の愛宕神社前での宣伝とご挨拶からスタートです。角野達也県議と一緒に,ご挨拶すると、みなさんが笑顔でこたえてくださいました。駆け寄ってくださり、「応援しているよ」「今年もがんばってね!」と暖かいお言葉もいただきました。戦争法廃止、原発再稼働ゆるさない、被災者本位の復興と暮らしを大事にする政治実現など、どの問題をとっても正念場を迎えています。国民一人一人が政治の主人公。この思いを貫く決意です!今年もよろしくお願いします。
切実な要望や相談がたくさん寄せられています。
市議選が終わって、あっという間に8月も終わり。35度をこす猛暑が懐かしいくらい、最近は気温が急激にさがっています。今日の最高気温は22度・・・まだ8月なのに~と、 なんとなく寂しい気分。極端な天候です。お体に気をつけてくださいね。
市民のみなさんから、様々な相談やご要望が寄せられています。「仙台市の障害者支援のタクシーチケット助成が3万円分ではとても足りない。もっと増額してほしい」「生活保護制度が改悪され、2人世帯の家賃が上限4万4千円までと言われたが、物件がみつからない」「公営住宅に20回申し込んでも、入れない」「復興公営住宅の抽選にはずれ、入居できなかった。見通しがないのに、来年4月で仮設住宅を退去しないといけない。不安で眠れない」・・などなど、社会保障切り捨て政治の中、多くの方々が、追いつめられています。
安心して暮らせる政治の実現のために、国政や市政・県政を何としても変えなくては!・・市民のみなさんの暮しは、まったなしです。
市議選挙のスタッフおつかれさん会。みんなで勝ち取った勝利です
仙台市議選挙のスタッフのおつかれさん会をひらきました。ふなやま由美を押し上げていたくために、総勢21名のアナウンサーのみなさん、29名の炊き出しスタッフのみなさん、チラシ配布など多くの方々が、猛暑の中、本当にがんばっていただきました! 安心して暮らせる市政への願いと同時に、とりわけ戦争法案を廃案にしたい!との強い思いで、団結して闘いました。
今日は手料理を持ち寄り、300円会費でおにぎりとお茶で乾杯!お一人お一人から、選挙戦への思いを語っていただきました。「亡くなった夫の遺志を継いで平和のため、がんばった」「選挙の裏方を初めて関わってみて、人生のいい経験をさせていただいた」「みんなで食べる食事がこんなにも美味しい。仲間がいることがうれしい」と、ほろっとする発言も。引き続き県議選に向けてがんばろう!と決意を固めあいました。
夏休みをいただきました。
12日と13日は夏休みをいただきました。家族で鳴子温泉に泊まり、伊豆沼のはす祭り、登米市の古い町並みと歴史建造物を眺め、高倉勝子美術館へ。温泉につかり、野菜と魚中心の美味しい料理に舌鼓。伊豆沼一面に咲き誇るはすの花に魅了されて、心も体もリフレッシュできました!
その足で、登米市の高倉勝子美術館へ。登米町出身の日本画家である高倉勝子先生が、94歳で今年7月に他界されました。戦後70年にむけて渾身の力をこめた広島原爆被爆の体験をまとめた「青空晴れて」の画集と「原爆の図」に涙がこみあげました。
高倉勝子先生は、私が長町病院に勤務していた当時、被爆者外来でお世話になっていました。「いつも被爆の後遺症が恐ろしい」と話されていたことを思い出します。病院を退職し、議員になったばかりの頃、街頭演説をしていると、「がんばってね」と気さくに声をかけてくださる方でした。戦争も原爆も絶対にダメ・・戦争する国に突き進もうとする安倍自公政権はNO!と声を上げ続けます。
平和と暮らしが何より大事!今年の仙台七夕です。
市民のみなさまから寄せられる切実な思い
事務所に次々と届く激励の手紙やはがき(なかには七夕飾りも・・)に、胸がいっぱいです。4年まえの夏、必死に地域を歩き、夢中で震災支援に取り組んだことを思い出します。日本共産党の議員事務所が救援センターとなって、支援を行ったのです。
ある方の手紙には、こう綴られています。「4年前、夫婦二人で11万円の年金しかなく、病院にも行けず、被災したアパートで途方にくれ、もう死ぬしかないと落胆していた時、次々と支援の手を差し伸べてくれました。困っている人に対して、自分のことのように親身に寄り添ってくれたことが忘れられません。今は復興公営住宅に入居でき、夢のよう。涙が止まりません」と。
中田事務所では、届けられた和紙や折り紙の飾りを、スタッフのみなさんが綺麗に飾りつけてくれました。戦争法案は廃案に、平和を守りたい・・安心して暮らせる仙台に・・こうした市民の皆様の切実な願いを実現するために、仙台市議選挙で何としても勝利するため、がんばります!
仙台大空襲・・70年前の7月10日のこと
70年前の7月10日未明、B29の大軍が仙台を襲いました。わずか2時間あまりで中心部は焦土と化し、数多くの市民が殺されたのです。・・今日は仙台大空襲の日。午前、午後と八本松や郡山地域を訪問すると、みなさんが口々に凄惨な戦争体験を話してくださいました。
「造幣局に勤務。焼夷弾とB29が襲い、多くの人たちが逃げまどう。防空壕に逃げ込んだ人も命を失った。ゴロゴロ転がる焼け焦げの死体。街がなくなった。着るものも食べるものも、何もない。この苦しみは、とても言葉には表せない。子どもや孫にこんな思いをさせたくない」と90代の女性。
「満州から引きあげてきて、仙台駅からみた風景が今も目に焼き付いて離れない。駅から西公園まで見渡せるくらい、一面焼け野原で、茫然とした」と80代の女性。
戦争は人殺しだ。安全な戦争など、どこにもない。安倍自公政権が、憲法9条を投げ捨て戦争する国に突き進もうとしていることを、何としても止めて!戦争体験をされた方々の心からの叫びです。また、ある70代の方は「安倍自公政権は、戦後の平和憲法を踏みにじっている。自分のこれまでの人生をすべて否定されているような気持ちだ」と話されていました。戦争法案は絶対に、廃案にと、呼びかけ歩いた7月10日でした。
(写真は、あるお宅の庭に咲いていた花。特攻花と呼ばれています。特攻隊員の若い命が無残にも奪われ、基地周辺にはこの花が群生していた。)